「エトセトラ」とされてきた女性たち
連帯から生まれた場所
長い間エトセトラ(その他)とされてきた女性たち、フェミニストの声を届ける出版社として設立されたエトセトラブックス。オリジナルの雑誌の刊行や各種メディアでの発信、また新代田にある書店でのフェミニズムやジェンダーにる多数の書物の販売など、フェミニズムを広めるためにさまざまな形で活動しています。今回は、代表の松尾亜紀子さんに取材をしました。
〈松尾亜紀子さんプロフィール〉
1977年長崎県生まれ。編集プロダクションを経て出版社に15年間勤務したのち、2018年、フェミニスト出版社エトセトラブックスを設立。翌年、フェミマガジン「エトセトラ」を創刊。2021年、エトセトラブックスBOOKSHOPを新代田にオープン。
Tsuda Outreach(以下TO):まず、エトセトラブックスを始めたきっかけを教えてください。
松尾さん:エトセトラブックスを始める前は、河出書房新社という出版社で15年間、編集の仕事をしており、2011年前後からジェンダー・フェミニズムの本を意識して作り始めました。
そして2018年10月に前の会社を辞めて、11月から独立したんです。その背景の一つに、2010年代の日本で、特にTwitterなどのSNS上でフェミニズム的なつぶやきや疑問が語られるようになったことがあります。そんな中で、自分の作ったフェミニズムの本の感想やその語り合いがSNS、あるいは読者イベントでダイレクトに返ってくるようになりました。そこで、自分で独立してフェミニズム専門と謳えば、もっとダイレクトに本が届くのではないかと思って独立しようと考えました。
あともう一つの理由は、独立当時は独立系の出版社が少しずつ増えていたからです。その先輩達が流通や印刷などを含め、1人でも出版社をやれるというインフラを作り上げてくださいました。そうした姿に背中を押されて独立しました。
あとは、親しくしているフェミニスト作家の松田青子さん[脚注1]から「松尾さんも独立すればいいんじゃないですか?」と気軽に言われたことも背中を押された理由の一つですが、この話は長くなるので割愛します(笑)。
「一体どこに行けばフェミニストに会えるの?」
TO:次にエトセトラブックさんの活動内容の一つである雑誌エトセトラについて教えてください。
松尾さん:雑誌エトセトラは年に2回、責任編集の方を変えて出版しています。フェミニズムに興味を持ち始めた若い方から、昔から現場で活動されてきた方まで、今何が起こっているかというトピックを手がかりにフェミニズムを考えられるような雑誌を作ろうと思い、始めました。独立して出版社を始めたときから雑誌は欲しいと思っていました。
私にとってフェミニズムとは刻々広がって、形を変えていくものでもあり、揺れながら、自分たちが考えていくものでもあり。そういう過程を見せられたらいいし、あるいは読者や書き手の方と一緒に紙面でフェミニズムの場所を作るっていう実践がやりたかったんです。
TO:最近ではYouTubeチャンネルも開設されたそうですね。
松尾さん:はい。YouTubeは書店という場所からフェミニスト同士が喋っている、しかも本の話とフェミニズムの話をしている様子を皆さんに見てより間近に感じてほしいと思って始めました。特にコロナ渦ですから、外出もままならない状況で「一体どこに行けばフェミニストに会えるの?」と嘆いてる方が多いのを見聞きして「ここにいるよ」っていうことを表せたらいいなと思ったんです。間部百合さんというフォトグラファーが仲間として入って、撮影をしてくれています。
TO:先ほどフェミニズムって刻々と変わるものと仰っていましたが、出版社を創設されてから約4年を経て、社会や松尾さんの周りで変化を感じることはありましたか。
松尾さん:社会の変化から言うと、メディア上でフェミニズムやジェンダーっていうトピックが重要で、しかも日常と切り離せないこととして語られる機会とか場面が増えてきたと思います。あるいは、友達同士の話とか雑談レベルでもすごく増えたと思いますし。
少し前まで、書店の人文や社会学のコーナーにひっそりとフェミニズムの本が並べてあったんですが、『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめとしたフェミニズムの本のヒットもあって売り場が広がったというのもありますよね。
私達の周りで何が変わったかというと、フェミニズムの本を初めて手にとりましたっていう方が少しずつでも増えている感触はあります。特に雑誌『エトセトラ』が責任編集者を変えて毎号新しいテーマを決めるっていうのは、少しずつでも新しい読者ができて、フェミニストが増えればいいなという思いでやってるんですね。それは、一気に何万人増えて欲しいってことじゃなくて、本当に100人ずつとか、もうなんなら10人ずつとか少しずつでも増えればいいなっていう気持ちでやっています。それは、その通りになっているんじゃないかなと思います。
あとは、ちょっと今、コロナが収束したタイミングで「ようやく(店に)こられました」っていう方がすごく多くて。
フェミニズムに興味のあるすべての人へ
TO:私は大学でジェンダーや女性差別に関する講義を受講したのですが、受講者全員が女性でした。私の学校は共学なので男性にも性差別の状況をもっと分かってほしいと思ったのですが、エトセトラブックスさんの書店を訪れるのは女性が多いのでしょうか。
松尾さん:前提として見た目だけでは性別は分からないので何とも言えないのですが、話しかけてくださる方もいて、女性はとても多いです。Tsuda Outreachさんの「なんで男性も来てくれないんだ」という気持ちはわかります。いわゆる男性優位の家父長制の社会構造の中で「男性が変わらなければこの社会は変わらない」、あるいは、「男性こそが性差別の状況は分かってよ」という意見もありますよね。でもフェミニズムは、まず女性のために生まれたものなので、日頃から性差別に直面している女性たちがそうした授業を受けたいと思うのは当然だし、そこに女性が集まること自体は悪いことではないと、私は思うんですよね。
うちも本屋さんを始めて、あるいは出版の読者層を考えるときに、まずはフェミニズムに興味のある人達、フェミニストに来たり読んだりしてもらいたいです。「女性」が誰を指すかという範囲をフェミニズムは広げてきましたし、「女性」という括りに入らないたくさんの方も性差別に悩んで、フェミニズムを必要としていますから、ジェンダーにかかわらず「フェミニスト」であれば誰でも来てください、という気持ちです。店の中にトランスジェンダー差別に反対する意味のポスターを掲げているのも、私たちの態度を表明して、ここに入りやすくなる方がいたらいいなという思いからです。
”ずっと”感じてきた家父長制の風潮
TO:今まで松尾さんが男性優位や家父長制を実際に感じた経験はありますか。
松尾さん:そうですね。まあ、ずっとですよね(笑)。私は生まれが九州なので、男尊女卑の空気は土地に染みついてました。
わかりやすい例としては、お盆と正月とかですね。おばあちゃんの家に行くと、女性は全員台所で男性は子供も含めて全員居間で飲み食いみたいなことがありました。
日常的にもそういうシーンはありました。私は三姉妹の長女だったのもあって、両親からジェンダー的な差別っていうのはなかったんですけど。例えば母親も働いてたのに父親が行くときだけみんなで三つ指ついて見送ってたみたいなことは生まれたときからありました。
だけど当時はジェンダーっていう言葉はもちろん知らないし、ごく自然に行われていたので、それが差別だと思いませんでした。あれが家父長制って呼ばれるものと関係するんだというのは、ジェンダーという考え方を知った後から分かりました。
家父長制的なものは日本にはまだまだ残っていて、働き出してからより一層、それが身に染みます。出版業界でも、女性の作家が賞を取ったりはするけれど、その内実を見ると、男性作家たちがつくったいわゆる「文壇」みたいなものが残っていたりとかします。あるいは作家と編集者の関係はそもそも、パワハラやセクハラの起きやすい構造になっているとか。そういうのはもうどこの職場にもあると思うんですね。
あるいは、社会に目を向けると、日本には配偶者の同意なしに中絶ができないとか、性的同意年齢が13歳以上とか、そんな法律がものすごくたくさん残ってるわけです。
だからそういうものを知れば知るほどまだ家父長制って残ってるじゃんって思います。
「シスターフッドは日々感じている」
TO:松尾さんがシスターフッドを強く感じた経験について教えてください。
松尾さん:日々感じているというのが実際のところですね。
書店を一緒に運営している寺島さんと竹花さんと私の三人でいるともう毎日シスターフッドを感じています。
そして私がシスターフッドにおいてこうした「横の連帯」と同じくらい大事だと思っていることは「縦の連帯」なんです。たとえば、雑誌『エトセトラ』を創刊したときに、女性学の故・井上輝子さん[脚注2]がメールを送ってくださったり、書店でも大学生が偶然書店にいたウーマンリブ時代を生きてきた先輩に質問をしてわからないことを教わっていたり。「仲良し」というよりは一つの運動における「連帯」というものがシスターフッドなのだと思います。
TO:エトセトラブックスさんそのものがシスターフッドで成り立っていると言えますね。
松尾さん:そう言ってもらえると嬉しいです。シスターフッドなしでは成り立っていないですね。
「フェミニズムによって、呪縛から解放された」
TO:松尾さんがフェミニズムに初めて触れた経験とフェミニストになったきっかけについて教えてください。
松尾さん:私は大学生のときに、ジェンダーというものの見方を本で読んで知り、自分が今まで抱えてきた違和感とかモヤモヤがこの視点によって説明がつくことがわかって「なんておもしろいんだ」と感じました。それまではテレビで田嶋陽子さん[脚注3]が男性ゲストたちからのセクハラ的発言や揶揄いに、とても怒っているのを見ても、こうはなりたくない、「女性は社会に出たらセクハラも軽く受け流さないといけない」と無意識に内面化していました。ジェンダーやフェミニズムを知って、その呪縛から解放されたのは本当に大きいことでした。あとはやっぱりフェミニズムの本や女性作家の本を作る過程で女性たちの言葉に触れたことも一つの要因です。
私は「フェミニストになる」というのは「フェミニストであると名乗る・自覚すること」がスタートだと考えているので、私にとっては「本をつくること」がフェミニストになったきっかけです。
「『この本を読みたい、売りたい』
ポジティブな理由で本を仕入れる」
TO:本を仕入れるときに気を付けていることは何でしょうか。
松尾さん:本を仕入れるのは他のスタッフの仕事なんですが、ネガティブな理由よりも「この本を読みたい、売りたい」というポジティブな理由で考えた上で、フェミニズムの本、あるいは私がフェミニズムを感じた本を仕入れています。フェミニズムっていうのは、性差別を許さない・性差別をなくす思想なので、「その本が性差別的でないこと」にはもちろん気を付けています。
「松田さんの本は全部おすすめ」
TO:今まさにフェミニズムを学ぼうとしている大学生におすすめしたい1冊と、個人的に松尾さんが好きな作品を理由もあわせて教えてください。
TO:『女が死ぬ』読みました!
松尾さん:おもしろいですよね、文庫本だから読みやすいし。松田さんのデビュー作の『スタッキング可能』を読んだときは、「同世代でもこんなフェミニズム小説を書く人がいるんだ」と思って、ものすごく嬉しかったし、すごく励みになったんですね。この本には身近な文化・カルチャーも出て来るので、何回でも新鮮に読める物語だと思います。
あとは今なら(取材は2022年9月)サラ・アーメットの『フェミニスト・キルジョイ』もオススメします。フェミニズムっていう言葉や考え方は魔法でも宗教でもなくて、知ったからって全然楽にはならないしむしろモヤモヤが増えてつらくなるんだけれども、それでも、フェミニズムは必要だし、やっていかなきゃいけないんだっていう気持ちにさせられるような本です。
そして「キルジョイ」というのは、家父長制的な空気感でワイワイやってる楽しいところをキルする、つまり水を差すという意味だと思うんですけど、そうやってキルジョイしていくのが大事なんだということと、キルジョイするために自分もそれなりの覚悟が要る、というようなことがこの本には書かれています。今「フェミニストとして生きる」というときに何を考えてどういう態度でいるべきかを考えられるのでぜひ読んでみてほしいです。
ジェンダーについては、『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた』という本は頻出の疑問とその回答がよくまとまっていて、ジェンダー感覚をアップデートできるので初めに読む一冊として良いと思います。
「たくさん本を読んでほしい」
TO:ヤングフェミニストに期待することはありますか。
松尾さん:ヤングフェミニストには期待しかないです。そしてフェミニズムというのはずっと昔から女性たちが失敗を繰り返しながら築き上げてきたものだということを知っていてほしいと思います。そうすることで、こういう問題(差別や不平等)を多くの人がずっと抱えてきたことを理解して「自分は孤独でない、これは自分だけの問題ではない」と知れるし、「失敗してもそこからもう一度やり直せる」ということもわかると思います。
そしてそれらを知る手段として本があるので、たくさん本を読んでほしいと思います。
1979年、兵庫県生まれ。作家、翻訳家。2013年、『スタッキング可能』でデビュー。20年、英訳版『おばちゃんたちのいるところ』が、TIME誌やニューヨーカー誌の小説ベスト10にランクインし、レイ・ブラッドベリ賞候補、世界幻想文学大賞・短編集部門受賞。著書に『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』『女が死ぬ』など。
社会学者。和光大学名誉教授。女性学のパイオニア。
元法政大学教授。元参議院議員。英文学・女性学研究者。書アート作家。女性学の第一人者、オピニオンリーダーとしてメディアでも活躍。津田塾大学大学院博士課程修了。著書『もう男だけに政治はまかせられない』(オークラ出版,2003年)、『ヒロインはなぜ殺されるのか』(講談社α文庫,1997年)など多数。
〜あとがき〜
私はさまざまな媒体を通してフェミニズムについて勉強していました。しかしその過程でフェミニストが理不尽に非難の対象にされている場面を多く見かけ、自分がフェミニズムに興味があること、フェニミストであることを堂々と言うことができませんでした。そんな風に攻撃の対象となって傷つくことを恐れている自分にずっと嫌気が差していました。しかしエトセトラブックスさんの書店を訪れて本を購入した際、ブックカバーに“I read feminist books”と書かれていて、その言葉は自分が抱えていたモヤモヤを吹き飛ばしてくれました。そして今回の取材で松尾さんが「フェミニストになるというのは自分がフェミニストであると名乗ること」だと仰っていて、「私はフェミニストの本を読むフェミニストである」と発信していい、発信するべきだと気づくことができました。また、松尾さんにお話を聞いているなかで、たくさんの試練をフェミニストみんなで乗り越えて今のフェミニズムがあるとわかり、傷ついても大丈夫だと考えることができました。もちろん前提として、フェミニストが傷付けられるような社会のあり方は変えていかなければいけません。
今回の取材で松尾さんにお話を聞くことができて、自分のフェミニズムに対する意識がより強くなりました。女性を取り巻く問題はまだまだあるけど、フェミニストたちと連帯してすべての差別がなくなる日の実現を目指したいです。(関口)
「女の子らしくしなさい」そんな言葉を言われたり、誰かに言ったりしたことはありませんか。女の子は女の子らしく感情を抑えこんで、おしとやかにして、従順で、家事を手伝って・・・。私も自然と”理想”の女性像を自分の中に作り上げつつ、その理想像と乖離した自分に引け目を感じてきました。
しかし、こんなイメージは誰が作ったのでしょうか。取材を通して、私は全国の女性達、さらにはフェミニズムの先人達が作るシスターフッドに魅了され、自分もその一員であることに安心感を覚えました。そして連帯の起点にあるエトセトラブックスさんは、性別に関係なく自分は自分らしくありたいし、意見も言いたい、そしてその権利があるんだと思わせてくれる場所だと思います。
性交同意年齢の引き上げが昨今議論されていますが、これはフラワーデモ(性暴力根絶を目指した運動)等でフェミニスト達が声を上げてきた成果だと知りました。多くの女性達の声がゆっくりと、でも確実に社会に届いていることを実感するニュースでした。これからも、フェミニズムについて学び、自身も声を上げることを恐れず生きていきたいです。(田村)
~エトセトラブックスさんの活動一覧~
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文:津田塾大学学芸学部2年 関口舞
中央大学法学部2年 田村三奈
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